研究生活-USA(その3)
2020 03 09 (art20-0218)
所属ラボのメインは生化学でした。生体組織から酵素や蛋白質を抽出し精製することです。使用する機器は、主に、中圧液体クロマトグラフィーのFPLC (Fast protein liquid chromatograpy)で、移動相には水性の展開液を用います。蛋白質は多数のアミノ酸が鎖状に結合したものが折り畳まれた高分子で、固有の形状を保ちます。構成アミノ酸の数や種類と結合順番、そして、修飾の有無等によって、大きさや表面電荷に違いが生じます。表面電荷の違いは、蛋白質がイオン交換樹脂性等の充填カラムを通るときの移動速度に遅速を生み出します。この移動速度の違いに基づいて蛋白質を分別します。これがFPLCです。大きさが異なり、表面荷電が大きく異なる蛋白質を分別し精製することは誰にでもできますが、同じような大きさで、同じような表面荷電をもつ蛋白質を分別し精製することは大変で、誰にでもできることではありません。特に、酵素などを、生化学的活性を保ったまま精製する場合は。どの種のカラムをどのような順番で使用するか、試行錯誤の世界です。もたもたしていると生化学的活性が消失してしまいます。職人技とも言える世界です。ボスのSサンのラボはこの世界ではトップクラスでした。RHさんの話を聞きました。RHさんは、数年前に研究室にいたポスドクで、凡夫は直接会ったことはありません。生体から新規のDNA合成酵素の精製に取り組んだそうです。生体細胞を溶解し蛋白質を抽出、あるいは、分離した細胞核分画から蛋白質を抽出します。抽出した蛋白質を最初のカラム:FPLC(あるいはゲルろ過カラム)にかけて数十の分画に分け、各分画をDNA合成アッセイ系(放射性同位元素で標識した基質の取り込みを指標にしたもの)にかけて、DNA合成のポジティブ分画を同定します。ポジティブ分画が複数あればそれぞれを次のカラム:FPLCにかけて数十の分画に分け、それぞれをアッセイ系にかけて、ポジティブ分画を同定します。そして、全てのポジティブ分画を次のカラム:FPLCにかけて、云々です。PAGAE電気泳動で一本の蛋白質のバンドになるまで、カラム:FPLCによる分画とアッセイを繰り返す訳です。作業自体は単純なのですが、それでも、FPLCは低温室での作業になりますから寒いところを出たり入ったりで体力を要します。また、アッセイ系には放射性同位元素を使いますから神経を使います。精製の後半になると蛋白質濃度が下がり、もたもたしているとDNA合成活性が消失します。
結局、精製に 6年間を要し、7年目に論文を発表したそうです。それまでの 6年間、論文はゼロだったと聞いています。DNA合成酵素の精製技術のトップクラスのラボですら 6年間もかかったのですから、いかに難しい精製であったか、想像に難くありません。RHさんの論文のお陰で、後続の人は合成酵素を精製できるようになりました。また、精製した合成酵素から抗体を作製し、遺伝子を釣り上げることもできました。これを担当したのが英国人のポスドクでした。釣り上げた遺伝子を用いて合成酵素の特性を調べていたのが、日本人の派遣研究員でした。
凡夫が最初に手掛けた実験は、ポスドクのKDさんが研究していた遺伝子を破壊することでした。KDさんが破壊したところ面白い結果が出たので、ボスの勧めで、再現性を確認するための実験を行いました。結果はKDさんの結果のようにはならず、何も起こりませんでした。凡夫のやり方がおかしいのだと、ボスとKDさんに言われましたので、もう一度やってみました。結果は同じで何も起こりません。そこでKDさんの実験方法を精査したところ、方法に問題があることが判明しました。このことがあってなのか、ボスは凡夫をしばらく放任してくれましたので、これ幸いと、関心をもっていたあるリン酸化酵素の周辺蛋白質を探ってみました。少し面白くなりそうな結果がでましたので、ボスと相談の上、この線に沿っで研究を進めることになりました。研究は3年間程続きました。この間、生体からの酵素や蛋白質の生化学的精製技術をしっかり身に付けることができました。この技術は次の職場で大いに役立ちました。