研究生活-製薬会社(その3)
2020 03 26 (art20-0223)
前回のブログで、スイス本拠の外資系製薬会社の2つの感染症薬の研究所(イギリスと日本)のうち、イギリスの研究所が閉鎖された出来事を書きました。この話には続きがあります。日本の研究所は抗真菌薬の研究を継続できるものと胸をなでおろしていたのですが、そうは問屋が卸しませんでした。後日、抗真菌薬の研究も終了することになりました。R本社にとって感染症領域からの全面撤退は決定事項であったようです。これで研究ができなくなるのかと所員の多くが気落ちしていました。ところがどっこい、研究所を閉鎖せず、疾患領域を真菌症から癌に移して創薬研究を引き続き行うとの告知がありました。
このあたりの経緯を推察するに、R本社は日本の研究所にもう少し何かやらせてみようと考え、日本の研究所は癌領域をやりたいと申し入れたのでしょう。魚心あれば水心です。数ある疾患領域から癌を選んだのは、R本社の長期的戦略を見越してのことかもしれませんが、それでも研究所なりの目論見があったと考えます。いわく、癌領域は取っつき易く、移行も容易で、成果を早く出せると。そう考えるのには以下の2点が関係しています。1.研究所では、抗真菌剤の創成研究の他に、癌の研究を行っていた育薬研究部がありました。この部は、大きなグループではなかったのですが、研究所が創った抗癌剤の上市を目指して研究を続けていました。2.抗真菌剤と抗癌剤の創薬コンセプトには共通点がみられるので、抗真菌剤の探索研究の経験が少なからず抗癌剤の創薬に活かせること。
カビ (真菌) の細胞と人の細胞はどちらも真核細胞で、構造・機能上よく似ていますから、カビの細胞を殺す薬剤は、同時に、人の細胞も殺しかねません。カビを殺す目的で服用した薬が人を殺しては本も子もありませんから、人を殺さずにカビの細胞だけを殺す薬剤が必要です。これは、抗癌剤の特質と相通ずるものがあります。理想的な抗癌剤は、癌細胞を殺して正常細胞を殺さない薬剤です。癌細胞は自己の正常細胞が変異して発生したものなので、自己の正常細胞と極めてよく似ています。癌細胞だけを殺す抗癌剤を創成することは、カビの細胞だけを殺す抗真菌剤の創成より、ハードルが格段に高くなります。しかしながら、どちらも、体内で増殖するカビ(外から入って来た細胞)、あるいは、癌(内から生育してきた細胞)を殺すことですから、同じような創薬戦術が使えます。
こうした大きな体制変更や組織改正には人員整理がつきものですが、ここでも行われました。人員整理を担当したのがアジア系米国人の L 所長です。これに伴い何人かは解雇されましたが、大きな問題になることもなく淡々と進行しました。
癌研究体制への移行も、事前工作が功を奏したのか、割とスムーズに進行したようにみえました。数日前はカビ (真菌) を培養していた人が、今日は癌細胞を培養しています。所員の割り切りのよさと変わり身の速さには驚きです。外資系研究所の所員だけのことはあると妙に感心しました。研究所は抗癌剤の研究所として生き残っています。
ところで、L 所長は日本の研究所で行った人員整理と癌研究体制への移行が評価されたとかで、アメリカ東部の研究所に所長として栄転しました。そこでの最初の大きな仕事がこれまたリストラでした。精力的に働いて、リストラを無事完了させました。そして、解雇されました。ここからは人づてに聞いた話で、真偽の程はわかりません。海外出張から帰り、いつものように研究所のゲートを開けようと社員カードを挿入したところ反応がなく、どうしたことかと守衛さんに訪ねたところ、挿入した社員カードが無効になっていると守衛さんから告げられたとのこと、それで、L 所長は自分が解雇されたことを知ったとか。ありそうな話です。”元” L 所長、おつかれさまでした。