梅の木
2020 03 30 (art20-0224)
畑の北側の東端にミカンの木がありました。この木は、畑で野菜をつくっていた母が歳をとり、畑の世話ができなくなった頃、姉が苗木を購入して植えたものです。大きく成長し、毎年、大きな実を成らしていましたが、3年程前、突然枯れてしまいました。手入れが悪かったのでしょうか、悔やまれます。その跡地に、梅の木を植えることにしました。梅は、咲いた花を眺めても、実った果実で梅酒や梅干しをつくってもよしですから。近くのホームセンターで豊後と南高の苗木を購入し、2017年の秋に植えました。同じ梅の木でも、成長速度に違いがあるようで、枝ぶりが随分ことなります。豊後の方が生育旺盛です。翌年の春、小梅の苗木 (甲州小梅、小粒南高、白加賀) を通販で購入し、花粉樹として、豊後と南高の近くに植えました。狭い所に、梅の木が5本も植わりましたから、いずれ、1,2本、伐採することになると考えています。
昨年の春、豊後、南高とも花をつけましたが、その数、2,3個でした。今年は、それぞれ数十個の花をつけました。南高に白色の花が咲き、それが終わる頃、豊後に桃色の花が咲きました。両梅とも “自家不結実” と聞いていますので、結実には花粉樹を必要とします。残念ながら、今年は、花粉樹として植えた小梅に花が付かなかったので、花粉樹として役立っていません。
花柄の末端に離層があります。受粉しなかった花は、この離層からポトリと落ちます。開花後、数日たちますが、まだ、いくつか花の残骸が枝に残っています。目をこらして見ると、花の内側の子房がふくらんでいるようです。そのような花の残骸が、豊後の枝にいくつか付いています。子房のふくらみが見間違えでなく、すこしずつ大きくなるのではとの期待を胸に、連日、様子を窺いに畑に足を運んでいます。
子供の頃、野花(のきょう)の叔母さんが野花豊後という梅の果実を袋に詰め込んでもってきてくれました。野花豊後は昭和15, 6年頃 野花のとある果樹園でみつかった梅の品種で、昭和25, 6年頃 野花豊後と命名されたと聞いています。特徴は大玉で果肉が厚いこと、そして、自家結実性があることです。
袋から出すと、梅の実でざるが一杯になります。緑っぽい硬い大きな実です。大人は梅干しを作ります。子供は、すこし黄色がかった梅の実を2,3個選びとって、自分専用の引き出しにしまいます。数日すると、甘い香りが部屋いっぱいに充満します。引き出しの中で果色が赤黄色にかわり、果肉が柔らかくなります。指で摘まみ、そのまま、口にいれて梅の実を噛みつぶします。甘酸っぱい果肉が口一杯にひろがります。
期待通り、畑の梅の実が大きく成長したら、子供の頃のように、梅の実を完熟させて食べようと考えています。