今日も、"ようこそ"      

今日も、"ようこそ"

定年退職後、横浜市から湯梨浜町(鳥取県)に転居しました。 ここには、両親が建てた古い家が残っています。 徒歩5分で東郷池, 自転車15分で日本海です。 また、はわい温泉の温水が各家庭まで届き、自宅温泉を楽しめます。 ブログでも始めようかと、HPを立ち上げました。最近始めた木工工作と古くなった家のリフォームの様子を、田舎の日常に織り交ぜながら、お伝え出来ればと思います。

GeneChip

2020 04 16 (art20-0229)
1990年代後半の話です。
一つの細胞に数千の遺伝子が発現しています。研究者は、1回の実験で、全ての遺伝子の発現を測定することを夢みていました。この夢を実現したのがDNAマイクロアレイテクノロジーです。1992年にStephen Fodorによって創設されたベンチャー会社アフィメトリックス社(Affymetrix, Santa Clara, CA, USA)が開発したGeneChip (DNAマイクロアレイの商品名)はその一つです。

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DNAマイクロアレイテクノロジーが実用化される前、研究者は遺伝子発現の測定にはノーザンブロットと呼ばれていた方法を用いていました。この方法では、一回の実験で1つの遺伝子の発現を測定できるだけでした。複数の遺伝子を測定しようとすると作業量が増えて大変でしたから、数千の遺伝子の発現をノーザンブロット法で測定するなどとははなから頭にありませんでした。
そんな時に、1回の実験で、数千の遺伝子の発現を測定することができるDNAマイクロアレイの出現は衝撃的でした。多くの研究者が興味を示し、市販されるのを今か今かと待っていました。そんな状況にあって、凡夫らはきわめて早く使用することができました。おそらく、日本で、最初に GeneChip を導入し、実験に使用したのは凡夫らのチームだと思います。そのからくりは、Early access (EA) です。

外資系製薬会社のR社は、アフィメトリックス (A社) と GeneChip の開発で EA 契約を結びました。R社は GeneChip 開発の資金援助を行うみかえりに、開発の早い段階で GeneChip を使用することができました。EA契約に基づいて、年4回A社との合同会議が開催され、 GeneChip 開発の方向性や問題点を協議する場を設けていました。A社から開発の進捗状況や新製品の構想、そしてR社から要望や意見などが持ち出され、アレコレ協議していました。会議にはR社の6研究所(スイス、ドイツ、イギリス、アメリカ東と西、そして日本)の代表が参加し、A社とR社の6研究所が順繰りに会場を提供していました。凡夫は日本の研究所の代表として参加しました。
この会議に参加して、“新しい技術が開発・実用化されて市場に出る” とはどういうことであるかを知りました。アメリカなどの海外にはベンチャービジネスが育ちやすい土壌があるとよく耳にしますが、その土壌がどのようなものであるかを理解することができました。

初めてA社の小さな建屋で GeneChip の製造現場を見学したときは、ある意味で非常に印象的でした。 GeneChip は、個々の遺伝子に特有の DNA 配列をもつ短い単鎖 DNA を、ガラス基板に張り付けたものです。実際の製造では、合成した短い単鎖 DNA をガラス基板に張り付けるのではなく、ガラス基板の上で、固相合成技術を用いて単鎖 DNA を合成します。 DNA 合成は万単位の箇所 (正方形でサイズは50μm四方、その数16,000箇所、後に65,000 (サイズ50μm )->256,000 (サイズ24μm) ->500,000箇所 (サイズ12μm) と増えて行きます) で合成します。しかも、合成する DNA 配列は全て異なります。これは、遺伝子配列に従って、ある一つのデオキシヌクレオチドが合成される箇所と合成されない箇所を、逐次選択しながら基板全体で合成反応を繰り返すことで行います。この時、合成箇所の選択に、光を照射したところだけが化学反応が起こることを利用したフォトリソグラフィー技術を用います。光をあてる箇所とあてない箇所の選択には、マスクと呼ばれるマイクロレベルの穴のあいた平板を被せて、光を照射することで行います。

マスクを被せる作業を、手作業でおこなっていたのを見た時は、驚きました。拡大画面にマスクの4隅を順番に映し出し、マスクとガラス基板のずれを手作業で修正していました。20数枚のマスクを使用します。また、合成終了後、ガラス平板をのせて周辺を糊付けしていましたが、これまた、手作業でした。大男の無骨な手で、きちんと仕上がるものだろうかと気になり、近寄ってよくみると、案の定、少しゆがんだりしています。微細な、マイクロレベルの物造りを行っている筈ですが、工程の多くが手作業です。これで、大丈夫だろうかと、心配せずにはいられませんでした。こんなテクノロジーに莫大な資金を出して採算がとれるだろうかと。しかし、数年後、A社の GeneChip が市場にでると強烈に支持されました。そして、マイクロアレイテクノロジーの世界を牽引しました。
これが資金援助なのでしょう。完成した技術や製造工程しか知らなかった凡夫にはとても奇異に見えたのですが、本当に革新的な技術の誕生初期はこんなものなのでしょう。潜在的な可能性を見抜き、資金を援助して、その可能性を実現させるとはどういうことか、教えてもらいました。

余談です。
GeneChip 技術でテレビの取材を受けました。放映をビデオ録画していたのですが、別の番組を上書き録画したようで、残念ながら、もう一度みることができません。
取材の中でインタビューを受けました。普通のインタビューと聞いていましたが、当日、上の判断によって、顔を出さないインタビューとなりました。 GeneChip 技術がどういうもので、それによって何が分かるのか、そして、創薬やサイエンスへのインパクトについて話したつもりです。
後日、放映を観ましたが、顔なしインタビューで、しかも、研究所名も伏せていましたから、ある製薬会社が、よくわからない新技術を使って何かゴソゴソやっているといった内容でした。どちらかと言えば、秘密裏に何かよからぬことをやっているといったものでした。
顔は出ませんでしたが、音声はそのままでしたので、放送後、知人からいくつか連絡を受けました。顔が無くても、誰であるか分かったようです。

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