生野菜と下肥
2020 11 09 (art20-0288)
子供の頃、まだ、畑の肥料として下肥が利用されていた頃、の記憶です。果菜類(ナス、トマト、キュウリなど)の果実は生で食べていました。しかし、葉菜類(ホウレンソウ、キャベツ、ハクサイなど)の葉は生で食べることはなく、火を通したものを食べていました。当時、葉菜類を生で食べる習慣は無かったように思います。
葉菜類を生で食べるようになったのは、戦後、欧米の食文化の一つ ”葉菜類の生食” の導入以降であると言われています。サラダに使われるレタスはその例です。結球レタスは、米国進駐軍の食べた ”シーザーサラダ“ がきっかけとなり栽培が始まったと言われています。今日では、幾種かの葉菜類を混ぜ合わせたサラダを食べることが日常になっています。
生で葉菜類を食べることになると、栽培時の肥料に使用していた下肥が問題となります。下肥の使用には、寄生虫や伝染病の感染リスクが伴います。特に体内に寄生している回虫が産んだ卵は糞便とともに排泄されますから、下肥に混入することになります。これを畑で育っている野菜株の周りの土にかけるのですから、茎葉に付着することもあります。そのようにして育てた野菜を食べれば、回虫卵が体内に入り、回虫が小腸に棲みつくことになりかねません。こうした経口感染リスクは日本人だけでなく、進駐軍も例外ではなかったようです。進駐軍の軍人が日本の野菜を生で食べて回虫保持者になってしまい、動揺したGHQは下肥の使用を禁止するように日本政府に迫ったとのエピソードがあります。どこまで本当か分かりませんが、生野菜を食べる習慣を持つ進駐軍軍人にとって、下肥を撒いて栽培した野菜を口にしたくないことは理解できます。加えて、道端に散在する屎尿で満杯の肥桶や、往来で下肥の取引や積み替えが行われている風景は、彼らにとって受け入れ難いものだったのでしょう。
下肥で育てた野菜と区分するため、日本政府は、“清浄野菜”という概念を作り出し、昭和30年(1955)に、"清浄野菜の普及について"、と題する通知を知事宛てに出し、清浄野菜の普及と推進に乗り出します。清浄野菜とは、『屎尿を一切使用しないで栽培され、かつ、腸内寄生虫卵及び経口伝染病原菌が付着しているおそれのない野菜類』と定義されています。
ここに来て、江戸時代から脈々と使われてきた下肥は一掃されることになり、替わりに化学肥料が使用されるようになりました。衛生思想の普及とあいまって、50%以上あった回虫卵保持者率が、10年後には千分の一以下になったそうです。回虫も一掃されてしまい、今日では姿を見ることもありません。
追記:
回虫は、小腸に寄生する線虫で、全長15-30 cm程のミミズに似た体型をしています。回虫は小腸で産卵します。卵は糞に混じって対外へ排出されます。排出された卵は、1ヶ月程で成就卵となり、経口感染によって体内へ入ります。胃液で卵殻が壊れると、子虫が小腸へ移動します。小腸から血管に入り、肝臓を経由して肺へ移動し、気管支を上がって、再度口から小腸へ戻り、成虫になります。この間、3ヶ月。このような複雑な体内周りをするので、“回虫”と名付けられたそうです。なお、回虫の寿命は2-4年。回虫卵は、熱に弱く、70℃1秒で死滅すると言われています。野菜は、熱を通して食べれば安全です。しかし、塩には強く、食塩を使用した漬物では死滅しないそうです。(ウィキペディア参照)