今日も、"ようこそ"      

今日も、"ようこそ"

定年退職後、横浜市から湯梨浜町(鳥取県)に転居しました。 ここには、両親が建てた古い家が残っています。 徒歩5分で東郷池, 自転車15分で日本海です。 また、はわい温泉の温水が各家庭まで届き、自宅温泉を楽しめます。 ブログでも始めようかと、HPを立ち上げました。最近始めた木工工作と古くなった家のリフォームの様子を、田舎の日常に織り交ぜながら、お伝え出来ればと思います。

本「スマホ脳」

2020 12 14 (art20-0298)
外はどんよりとした空模様で、雨が降っています。寒気が増し、明日には降雪とか。山間部だけだと思いますが、平地部はどうでしょうかな。とりあえず、一昨日、車のタイヤをスタッドレスに交換しておきました。

さて、スマホの話です。
携帯電話が登場して数年後、電車やバスの中で、携帯電話で通話している人や画面に見入っている人の多さに驚いたことがあります。何をそんなに話したり見ることががあるのだろうと。当時は、まだ、中高年者は、携帯電話を所持している人が少なかったようで、電車やバスでの風景は、もっぱら、若い人によるものでした。ところが、スマホが登場して様相は一変しました。老若男女、多くの人がスマホを持つようになり、所かまわず、しょっちゅうスマホをいじっています。

凡夫は、緊急時の連絡用として、ガラケイと呼ばれる携帯電話を所持してきました。しかし、急を要する電話やメールなどそうあるものではありませんから、凡夫の携帯電話に着信音が鳴ることはほとんどありません。また、こちから急いで連絡するような事態も、そうそう起こりません。こういったふうで、携帯電話をいじる機会が余りありませんので、今でも、メール文字を10個以上入力するとなると大変な作業となります。

そんな使い方をしている凡夫の目には、スマホを手にして、しょっちゅういじっている行為が奇妙に映ります。何をそんなにいじることがあるのだろうかと思います。また、多くの人が、何か、例えば、読書や食事をしながら、そばに置いているスマホの画面をみては、スマホを手に取り、ちょこちょこといじってはもとに戻し、しばらくすると、また、手に取ってちょこちょこといじっています。これを、読書や食事の間中、繰り返しています。凡夫には、読書や食事を中断してまでスマホをいじる行為、そして、その行為の存立が分かりません。そこに緊急性があるとは思えません。

スマホの世界には、スマホをしょっちゅういじりたくなるような何かがあるのだろうと思いますが、スマホを持たない凡夫には分かりません。しかし、誰かとの会話中も、スマホを手にして、ちょこちょこいじっているのですから、恐らく、トイレでも、床の中でも、いじっているのでしょう。どうして、所かまわずスマホをいじっているのでしょうか。

先日、倉吉の今井書店に出かけた時、”世界的ベストセラー上陸!---スティーブ・ジョブズは我が子になぜiPadを触らせなかったのか?”との帯のついた『スマホ脳』なる新潮新書本 (2020年刊) が目にとまりました。スマホの疑問を解くヒントがありそうでしたので購入し読んでみました。著者は、スウェーデンの精神科医のアンデシュ・ハンセン (Anders Hansen) です。

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「私たちは、一日に2,600回以上スマホを触り、平均して10分に一度スマホを手に取っている」とあります。凡夫には、これはもう病気としか言いようがないのですが、ハンセン氏は、この行為を、人間の進化と関連させて解いています。なかなか面白いのですが、断片的な論説や飛躍が多く、ついていけないところがあります。また、脳内物質の話は、既にどこかで論及されているものです。

凡夫が理解したところでは、「我々の脳のメカニズムは、進化することなく、狩猟時代のままであり、今日のデジタル社会に適合していない」とのこと。そうであるとすれば、スマホをいじる行為は、狩猟時代の生き残り行為との相似性から説明できることになります。しかし、著者の論理展開がストレートでないため、具体的にどのように説明されるのか、を読解するのは難儀です。

周囲の環境を理解するほど、生き延びられる可能性が高まるので、新しい情報を探そうとする本能をもつ。これの脳内物質はドーパミンである。新しいことを学ぶと脳はドーパミンを放出する。そして、新しい情報を得ると脳は報酬を貰える。それは「体内のモルヒネ」と呼ばれる脳内物質のエンドルフィンの作用であり、満足感や多幸感をもたらす。

この報酬システムを激しく作動させるのは、手中の物や事(お金や食料や、セックスや承認)ではなく、物や事を手に入れようとする時の期待感である。これは、かつては、生き延びるために、状況が不明なとき、じーとしているよりも、何かの行動をとるようにしむけること、行動の動機付けとして働く。

キャンブルの魅力は、あたるかもしれないといった期待感に動かされている。同じようにスマホをいじる行為も説明される。電話やメールの着信音が鳴ると、なにか大事なことかもしれないと期待し、スマホを手に取りたくなる。不確かな結果への偏愛である。今日では、SNS (social networking service),FB (facebook)、IG (instagram) が巧妙な仕組みで、際限なく、スマホをいじるように仕向けている。

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一方、我々人間は、生き延びる為に、周囲の危険に常に目を配り、小さなことでも「気をつけろ」と警報を鳴らすストレスシステムHAP(視床下部-下垂体-副腎)系をもつ。これはHAP系を作動させコルチゾールを分泌させることであるが、その作動は「火災報知器の原則」に従う、つまり、間違えて鳴らないよりは、鳴りすぎるほうがよいとする。

スマホを使い始めて、四六時中手の届くところに置いておくと、スマホが視界に入ったり着信音が聞えたりするだけで、コルチゾール値が上昇し、ストレス反応が起こる。この不快なストレスを解消すために、スマホをちょこちょこといじって、何かを発信したり見たりする。そうすると反応やその次が気になり新たなストレスを生み、コルチゾール値がさらに上昇し不安が増す。これを解消するためにスマホをいじりたい気持ちが高まり、ちょこちょこといじることになる。このサイクルが繰り返され、コルチゾール値が増々上昇し、スマホをしょっちゅういじるはめになる。
”かっぱえびせん” ではありませんが、やめられない止まらないです。この状態、心身によいとは思えないのですが。このあたりは、次回にでも。

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