本「MR」
2022 2 7 (art22-0413)
昨日、一昨日と降り積もった雪が、今朝は、陽射しを受けて溶けていきます。それでも、外へ出かける程の気温も望めず、一日、屋内でウダウダすることになります。久坂部羊の「MR」(幻冬舎、2021年刊) を読みました。著者は医師でもあります。凡夫は、製薬会社に勤めていたこともあり、この本の内容はストンときました。もっとも、研究職でしたから、MRの経験はありませんが。
MRとはmedical representativeのことで、製薬会社の営業部門に属しています。業務は、医療用の医薬品情報(品質、有効性、安全性)を医師や薬剤師などの医療関係者に提供すること、また、実際に使用された医薬品の副作用情報を収集し製薬会社にフィードバックすることです。
これがMRの業務ですが、その前に、“自社の医薬品の販売促進のために”、が付きます。製薬会社と言えども儲けなければなりませんから、MRも “薬を売ってなんぼ” の世界です。
しかし、医薬品は患者の命との関わりが強いので、会社の利益を第一とするべきか、患者の利益を第一とすべきるか、このジレンマのなかで、仕事をすることになります。この辺りの葛藤や駆け引き、この小説にはよく描かれています。
随分前の話になりますが、MRの大変さ?を垣間見る機会がありました。
営業部から、勉強会と称する集まりを仙台市の某ホテルで開催するので、参加して、網羅的遺伝子解析技術(ジーンチップ)を説明・発表してくれと依頼されました。勉強会は地元の医師を集めて、会社の医薬品を使っている医師が臨床結果を講演する形式でした。
凡夫の発表も無事に終わり、参加者は隣の部屋へ移って懇親会となりました。すこし遅れて会場に入ると、奇妙な光景がそこにありました。医師はテーブル席に着き自由に会食を楽しんでいましたが、MRは、壁際に立ち、医師が声を掛けると医師の傍に行き、聞かれたことを答え、終わるとまた元の壁際に立ちます。凡夫は、どう振る舞えばよいか分からず、会社の主催責任者に「私も、立ちますか」と尋ねると、「Kさんは、発表したので、今回は、席に着いて、飲み食いしてください」と言われました。「立っている人は一緒に飲み食いしないのですか」と聞くと、「後で、残ったものを頂きます」と言います。
この種の集まりには二度と参加しませんでしたので、最近の実態は知りませんが、願わくば、医師と同席して、飲み食いしながら、気楽に情報・意見を交換しているだろうことを望みます。
小説の後半に、薬価操作が出てきます。これも、会社ファーストか患者ファーストかのジレンマの一つです。薬価が高い方が、製薬会社としては、儲かりますから、できるだけ薬価を高くしようとします。しかし、薬価が高いと患者の負担が大きくなります。特に、新薬の場合は、患者には選択肢がなく、高価な薬でも使わざるを得ません。
そもそも、薬価は、製薬会社から提出された資料に基づいて算定されます。資料とは、製造原価に、販売費、一般管理費、流通経費、営業利益、及び消費税を加えた総額と予測投与患者数です。ここで、一般管理費には研究開発費が含まれます。研究開発費が多額になると、薬価が高くなります。一つの新薬を創るのにおよそ10年かかり、その間の費用(研究開発費)は500-1,000億円になると言われています。創薬過程に膨大なお金をつぎこんでいる分、新薬の薬価は高くなります。
しかし、投与患者数が多ければ、多量の薬が売れることになり、薬の価格は安くなります。逆に、投与患者数が少ない場合には、少量しか売れず、高額な薬になります。国内に、1回の投与が1億6,707万円の薬があります。これは、ゾルゲンスマという脊髄性筋萎縮性治療薬で、国内の推定患者数はおよそ1,000人で、年間予想投与患者数は25人だそうです。
小説の中に、安富ワクチンの話が出てきます。これは阪都大学の安富教授が、天保薬品から支援金をもらって研究している癌治療に影響をもつワクチン?です。天保薬品は、患者数の少ない腺様嚢胞癌 (6千人) の適用で申請し、高い薬価 (85万円) が決まった後に、患者数の多い胃癌 (12万人) への適用拡大の申請を行い、高い価格で大量に売って儲けようとする話です。
この話は、小野薬品工業の癌治療薬オプジーボを連想させます。この薬は、元々、悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として申請され、予想投与患者数が600人と少なかったので、高い薬価 (単価72万円、年間では 3,500万円) が認められました。ところがその後、立て続けに肺癌 (約8万人) や腎臓癌(約2万人)に適用が拡大され、投与対象の患者数が当初より遥かに増加し、1,000億円超の売り上げとなったことはよく知られています。