今日も、"ようこそ"      

今日も、"ようこそ"

定年退職後、横浜市から湯梨浜町(鳥取県)に転居しました。 ここには、両親が建てた古い家が残っています。 徒歩5分で東郷池, 自転車15分で日本海です。 また、はわい温泉の温水が各家庭まで届き、自宅温泉を楽しめます。 ブログでも始めようかと、HPを立ち上げました。最近始めた木工工作と古くなった家のリフォームの様子を、田舎の日常に織り交ぜながら、お伝え出来ればと思います。

本「本心」

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平野啓一郎の本「本心」(文芸春秋、2021年刊)を読みました。

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「母を作ってほしいんです」で始まるこの小説、数ページを読み、家内に「この小説、AIがでてきて、面白いかもしれない」と言いました。交通事故で母親を亡くした息子が、高性能のAIを備えた母親のバーチャルフィギャー (VF) を作り、ゴーグル越しの仮想空間で母親のVFと面会します。以前ブログで取り上げたカズオ・イシグロの『クララとお日さま』を思い起こしました (art21-0354)。そこでは、AI搭載の人型ロボットのクララが娘のジョジーに成りかわろうと学習したが、ジョジーの「心」を持つことはできなかった。AIの限界、逆に言えば、人間の「心」の奥深さを露わにしたと言えます。『本心』では、母親のVFが、どこまで母親の「心」を取り込むことができるものか、そして、クララを超えた先にみえてくるものを期待して、読み進めました。しかし、期待していたものではありませんでした。

主人公は、リアルアバターとして働く29歳の僕、石川朔也。カメラ付きのゴーグルを装着して、依頼者の指示に従って動き、アチコチ出かけたり、アレコレ代行する。依頼者はヘッドセットを通してカメラの画像を見ながら、リアルアバターを遠隔操作し、追体験する。謂わば、アバターロボットの人間版。こうした職業はありそうですが、実際のところはどうなのでしょうかな。

そんな主人公の朔也は、自分と関わりのある人の本心を理解しようともがいている。いずれも訳あり人である。亡くなった母親とかつて旅館でいっしょに働いたことのある三好彩花さん。三好さんは、セックスワーカーの過去をもちセックス恐怖症である。あることから朔也宅に居候することになる。有名なアバターデザイナー、イフィーこと鈴木流以。イフィーは、交通事故で下半身不随となり、豪華なマンションで車椅子生活をおくる青年。ひょんなことから朔也を知ったイフィーは、朔也を自分専属の社員として雇う。較差社会に義憤を感じて、要人の暗殺犯罪に手を染めて、警察に捕まった会社の同僚かつ友人の岸谷など。

加えて、亡くなった母親の本心。死ぬ時は朔也に看取ってほしいと言い、“自由死” を決意していた母親。その真意を明らかにすることなく、交通事故で死ぬ。母親の “自由死” の決意を受け入れることができない朔也は、人工知能 (AI) を備えた母親の VF (バーチャルフィギャー) の作成をフィディテクス社に依頼する。母親のVFは、かき集めた資料や生身の人との会話を通して学習を繰り返し、母親に近づいていく。朔也は、仮想空間で、架空の母親のVFに会い、母親の決意の真意を探ろうとする。

しかし、母親の本心にたどりつけない。母親のVFは、学習を積んでいけば、さらに母親らしくなり、受け答えも自然になるであろうが、それにも限界がある。母親と言えども、しょせんは他者であり、自分の知り得ることは、母親のほんの一面に過ぎない。自分の知らない所で、多くの人と出会い、多くの経験をしてきているのだから。結局のところ、“学習” させた母親のVFは本当の母親になることはない、とすれば、母親のVFから母親の決意の真意を聞き出すことはできない。朔也は「母」との関係を終わらせる時がきたことを悟る。

同じように、三好さんの、イフィーの、そして、岸谷の本心は分からない。分かったつもりになっても、本当のところは分からない。分かったと思えるのは、自分に内在する概念によるものでしかなく、自己に投影されたほんの一面での理解でしかない。
だが、しかし、と続ける。
他者を理解しようともがく行為そのものが、他者と関わることであるのだから、もがくしかない。そして、全てが投影されていなくても、相手の心の中に反応を起こすことはできるかもしれない。三好さんの、イフィーの、そして、岸谷の心の中に。自分との関わりが、そうした内なる心の反応を起こすことができれば意味を持つ。完全な理解に到達しないことに失意してもなおそうした反応を欲している自分に気づく。
朔也は、前向きの歩みを始める。

さて、母親のVFにも、内なる反応を起こしうるものかどうか。このあたりの話、VFの「心」、を期待していたのですが、素通りしていました。残念です。

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