二回目の不稔性粗大ごみは、鉄製の書棚やパイプ類と、小型家電類です。運搬途中で気が変わり、鉄製のものは鉄買取り業者に回すことにして、それ以外のごみだけをほうきリサイクルセンターで処理してもらいました。小型家電の処理代は無料でした。リサイクルセンターへの支払いは、500円でした。一方、鉄買取り業者から2420円を受け取りました。買取り価格は20円/kgでした。
納屋から、一時仮置きの不要な家財道具が無くなり、すっきりしました。横浜からの引っ越し荷物の整理、不要品の処分が終わり、一段落です。後は、本の整理です。
米の購入
2024 10 28 (art24-0695)
米を「満菜館」で購入しました。
米は、知り合いの稲作農家から購入していました。毎年、10月末に、一年分の米、正確には玄米、を届けてもらい、30kg入りの米袋のまま階段下に山積みします。それを一年かけて食べていました。
家内は、せっせと、遠くに住む娘夫婦や息子夫婦のもとに米を送ります。これは、かつて、熊本や横浜に住んでいた我々に親がやってくれたことを、親になって子供達にやっているだけのことです。娘や息子夫婦にも子供ができて、送る米の量が増えたこともあり、階段下の米袋の米が無くなりました。先月、近所のSさんから、一袋 (30kg) 分けてもらったのですが、それも、ほぼ無くなりました。
これまで知り合いのTさんから米を購入していたのですが、昨年秋、米を届けに来てくれた際に、年齢には勝てなくて稲作を辞めることにした、と告げられました。父が亡くなり、母が一人になったとき、Tさんから米を分けてもらうようになりましたから、20年以上、Tさんの作った米を食べてきました。その米の味は、有機肥料で栽培していることもあり、絶品でした。Tさんのお陰で、長い間、おいしい米を食べることができました。感謝しています。
そうした事情で、今年の米の入手先を、個人ではなく、JA農協に変更することにしました。この辺りの稲作農家は、収穫した米を農協に出荷しますが、一部を自家用の米として保有します。凡夫は自分では米を作っていませんが、農事組合が凡夫の所有する田圃で米を作っていますから、保有米を確保することができます。米は農協が保管してくれます。昨年の夏、この地区の営農センターに保有米を申し込みました。米の配付は11月から始まり、毎月行われます。しかし、初回の11月分の配付は、月末とのことですから、その日まで食いつなぐ米を手に入れる必要があります。
西倉吉町にあるJA鳥取中央の農産物直売所「満菜館」に出向いて、米を購入しました。新米の4品種、コシヒカリ、キヌムスメ、星空舞、ミルキークイーンが販売されていました。いずれの品種の価格も、随分高くなっていました。とりあえず、5kgのコシヒカリの玄米を購入しました。
夕方、さっそく、持ち帰った玄米を精米し炊飯して食べてみました。うまこと、さすが新米です。ピカピカでネチネチしています。我が家は米を7分づきにしますから、ある程度胚芽が残っています。糠はほぼ除けていますから、ぼぼ白い米です。精白米より、香りが強く、味が濃いので、旨みがあります。
クワイ
2024 10 24 (art24-0694)
昨日の夕方、いつものように畑の見廻りに出かけました。まだ、5時過ぎだと言うのに、外は随分暗くなっています。そんな中、東の方に向かって自転車を走らせ、何気なく、視線を上げると、奇妙な群雲が目に入ってきました。雲は天を仰いで、東から西へと途切れることなく連なっています。太陽が沈む頃なので、夕焼けのように赤味を浴びています。西の雲には明るい輝きが添わり目を引きました。
さて、クワイの様子です。
クワイ床に5株の白クワイを育ててきました。10月に入ると、葉に大型の病斑がでてきました。斑紋病だと思います。日ごとに、病斑は数を増して、融合し、葉全体が枯れたように見えます。
今年のクワイ栽培管理には、変更点が二つあります。一つは、追肥として米糠を用いたことです。米糠を播くと、土が柔らかくなりました。もう一つは、葉数を増やさないように、葉かきをきっちり行ったことです。葉数を8本前後に制限しました。
それらが良かったのか、茎元から多数のほふく茎が地下へ伸びています。ほふく径の先端に付く塊茎が大きく育っているとよいのですが、こちらは、掘り起こしてみなければ分かりません。
たそがれ清兵衛
2024 10 21 (art24-0693)
山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」(2002年11月公開)を、ビデオに録画し、何度もみています。何度観てもおもしろい映画はそうそうありませんが、この映画はその一つです。部屋で録画ビデオを観ていると、家内が「また観ている」とからかい気味に言います。
この映画の何がおもしろいのか。ストーリーはとても単純で、地方の小藩のわずか50石取りの下級武士の清兵衛は、妻に先立たれ、幼い2人の娘と老いた母親を養っています。時折訪ねてくれる幼なじみの女性への恋心に苦しんでいる中、上意討ちを藩から命じられ、不本意ながら引き受けることになります。
最近、この映画を取り上げている本に出会いました。鶴見俊輔と関川夏央の共著本「日本人は何を捨ててきたのか」(筑摩書房、2011年刊)です。副題は思想家・鶴見俊輔の肉声。鶴見氏と関川氏の対談です。関川氏は漫画「坊ちゃんの時代」の原作者です。作画の方は谷口ジローです。「坊ちゃんの時代」は夏目漱石を中心に明治の文学者や世相を描いたもので、おもしろい漫画です。
本の中で、鶴見氏が映画「たそがれ清兵衛」を観に行かれたということで、関川氏も観に行ったそうです。行ってみると、映画館の雰囲気が通常と異なり、おじいさんとおばあさんが多くの席を占めていたそうです。
鶴見氏は、映画は藤沢周平の文学をよく伝えていると、言っています。
藤沢周平はどういう作家かというと、自分の暮らしの中に残像を保ち続けて、その上に何かを築こうとする人である、と言っています。しかも、男だけに残像があるという考えから放たれている、とも。残像の文学である、と。
藤沢文学の特性がどうであれ、映画をおもしろく観ることができるのは、原作の文学性云々と言うより映画の脚本と構成のうまさにあるように思われます。加えて俳優の演技力です。清兵衛を演ずる真田広之の、そして、朋江を演ずる宮沢の、そして善右衛門を演ずる田中泯のそれです。いずれもはまり役です。家族を愛する誠実な清兵衛の役は、企画の最初から真田広之に決まっていたそうです。
ある切迫した状況に追い詰められた人が、一つの苦渋の決断をする経緯は、感動を誘うものです。同時に、己ならどうする、己にはできるのかできないのか、と問われます。ともあれ、暗い状況のなかで、一抹の、しかし明るい灯火を見ることになります。
ダイコンの様子
2024 10 17 (art24-0692)
今年は、2本の畝でダイコンを育てています。
種まきを先月の16日に行いました。2本の畝を立て、ダイコンの種を一箇所あたり3粒ずつ、25cm間隔で撒いた後、防虫ネットを被せました。まだまだ気温が高かったので、発芽できるものかどうか気がかりでしたが、横浜行きが予定されていましたから、暑い中、種まきを決行しました。
横浜から帰り畑に出てみると、ダイコンは、発芽して数枚の本葉を出していました。しかし、発芽率が悪く、3本育っている箇所は数えるほどでしかなく、さらに、1本も育っていない箇所もありました。ダイコンの品種は、昨年と同じ "耐病総太り" です。昨年の発芽率は100%でした。今年は60%前後でしょうか。この低い発芽率の原因は、日中の気温が高く、地表近くの地温が高すぎたため、発芽が誘導されなかったのでしょう。
種子は温度を感知して、発芽のMAPキナーゼカスケードを活性化させます。温度が高すぎても、低すぎても、発芽カスケードは活性化されず、発芽しないことが分かっています。やはり、ダイコンの種まきは、発芽適温にまで気温が下がってから行うほうがよさそうです。発芽しなかった箇所に新たに種を播いたところ、こちらの発芽率はぼぼ100%でした。
播種から、一ヶ月になります。ダイコンは、防虫ネットの中で、育っています。葉の一部にダイコンハムシが齧った穴がみられます。目に付いた成虫を捕殺する程度で、ぼぼほったらかしです。防虫ネットでは、小さなダイコンハムシの侵入を防ぐことができません。虫害をものともしないで、ぐんぐん育ってくれればと思います。負けるなダイコン!!、です。
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