今日も、"ようこそ"      

今日も、"ようこそ"

定年退職後、横浜市から湯梨浜町(鳥取県)に転居しました。 ここには、両親が建てた古い家が残っています。 徒歩5分で東郷池, 自転車15分で日本海です。 また、はわい温泉の温水が各家庭まで届き、自宅温泉を楽しめます。 ブログでも始めようかと、HPを立ち上げました。最近始めた木工工作と古くなった家のリフォームの様子を、田舎の日常に織り交ぜながら、お伝え出来ればと思います。

ダイコンの収穫

2025 12 29 (art25-0817)
冬はダイコンです。
畑のダイコン、収穫して食べました。先日の降雪で、ダイコンは先端の葉を残して、雪に埋まっています。雪をはらい、畝端の2本を引き抜きました。大きく育っています。

817-1_daikon_20251228 817-2_daikon_20251228

寒い冬は、ダイコンの煮付けを食べたくなります。今年のダイコン、味もなかなかでした。2列の畝に作っていますから、これから、しばらくの間、畑のダイコンを食べることができます。

さて、2025年も、明日と明後日で終わりです。
今年は、特に大事もなく、平穏無事に過ごせたと言えそうです。この歳になると、つつがなく、が一番です。

ただ、家屋の経年劣化対応として、トイレの交換と風呂場の水道管の修理を行いました。トイレや風呂が使えないと、いかに難儀をすることになるか身をもって知りました。迅速に対応してくれた業者には感謝しかありません。

家庭菜園として、小さな畑で幾種かの果樹を育てていますが、今年は、いずれの木も、沢山の果実をつけてくれました。ウメに始まり、イチジク、プルーン、ポポー、カキ、温州ミカンと続きました。今は、キンカン(普通のキンカンと大実キンカン)の木が果実を付けています。
果樹栽培の面白さ、いくらか分かってきました。果樹の苗木を畑に植えて、栽培を始めた頃、果樹栽培人のKさんが、果樹は面白いでしょうと言っていました。その時は、何を言っているんだい、と思いましたが、今は、分かります。野菜栽培も面白いのですが、果樹栽培には野菜栽培では味わえない面白さがあります。ちなみに、Kさんも、定年退職後に、畑を手に入れて、主に桃の栽培を始めた人です。

積雪

2025 12 26 (art25-0816)
昨日の天気予報は、強い冬型の気圧配置の影響で大荒れの天気となり、中国地方でも、多い所では50cmほどの降雪があるだろうと、伝えていました。
夕方からポツリポツリと雨となり、就寝前には、外気温が下がったようで、バリバリと音をたてて雪あられが降ってきました。夜半には、強い風の音が聞こえました。
今朝、窓越しの外がやけに明るく、窓を開けると一面雪でした。雪は、水気の多い湿雪で、庭の低木に覆いかぶさっています。庭木の細枝は倒れかかりながらもなんとか重さに耐えています。外に出て、庭木に積もった雪を払うと、傾倒していた枝は立ち上がってきます。一仕事を終えて、朝食を取りました。
庭木はかなりの年数がたって、弱っていますから、こうした作業は必要です。作業するこちらも年寄りですから、これも一種の老老ケアでしょうか。この冬、何回行うことになることやら。

816-1_snow_202512262

家前の道路にも雪は積もります。早朝から、既に車が通ったのでしょう、深い溝ができています。除雪車の運行、どうなっているのやな。今回は湿雪なので、すぐ溶けるとみているのでしょうか。
幸いなことに、数日前に、小中生は冬休みに入っていますから、雪道を歩いて(あるいは自転車で)通学する難儀はなさそうです。今日は、外に出ずに、屋内で過ごすのでしょうか。

816-2_snow_20251226

本「人生しょせん運不運」

2025 12 22 (art25-0815)
古山高麗雄の「人生しょせん運不運」(草思社、2004年刊)を読みました。この作品は、幼児から戦争体験を経て戦後までの記憶をたどろうとの構想で、2001年6月から始まった雑誌の連載記事だったようですが、著者が急逝したため、それまでの記事をまとめて一冊の本にしたものです。したがって、回顧録は中途、軍に招集される前までになります。

815-1_book-jinnsei_20251222

著者は、1920年(大正9年)8月に朝鮮新義州で生まれています。1942年の秋、21歳で入隊していますから、幼児から21歳までの回顧です。凡夫の父も、1920年生まれです。そして、1941年に入隊しています。1月生まれですから、21歳での入隊です。さらに、著者は2002年3月に、81歳で死去しています。凡夫の父は、2000年1月に亡くなっています。80歳になったばかりでした。著者と父は同じ時代に、ほぼ同じ年月生きたことになります。この本を読みながら、ついつい若かりし日の父を想像してしまいます。凡夫は、戦後生まれですから、戦前の父を見たことはないのですが。

人生はしょせん運不運だそうです。
『あの両親の子として生まれたのも私の運というものだと思います。あの旧植民地の小さな町に生まれて、あの町で育ったのも、私の運というものだと思います。私が大正9年に生まれたのも、父が宮城県の出身であることも、すべて運。後日、戦場へ送られて、なんとか生還はしたものの、何でもすぐ、運だ、星だ、しゃない、と思ってしまう人間に変わって、私はそう思うようになりました』

父母も偶然の所産であり、祖父母もそうであり、とありますから、運は偶然と読み解いてもよいかと思います。この運、あるいは偶然ゆえに、親を選ぶことができません。

運/偶然によって、著者は、医者の家に生まれます。新義州中学校を卒業。高校入試に受からず、親元を離れて、2年間東京市ヶ谷の城北予備校(1987年廃校?)に通い、1940年、三高に合格します。入学するも、講義に出ず、翌年退学。京都から東京に移り、1942年入隊。親元を離れてからずーっと、80円の仕送りがあったそうです。無為徒食の生活を送り、仕送りのほとんどを遊郭通いに使ったそうです。
裕福な家に生まれ育ったボンボンと言ったところです。金銭的には何不自由なく育ったのでしょう。親元から離れても、80円の仕送りとは、リッチです。

同じ時代に、小さな農家の家に生まれ育った父はどうしていたかと言えば、必死に働いていたと思います。祖母30歳の時、祖父が亡くなり、長男である父は、7歳で一家の大黒柱的な役割を担うことになったようです。弟3歳、妹1歳でした。父は働きづめで、上の学校に行けなかったと聞いています。さらに、19歳のとき、村落の大火事で家が焼失しました。21歳で入隊するまで、働きどおしだったと思います。

どんな家に生まれてくるのか、確かに偶然/運です。それにしても、当時、父はどう思っていたのか、聞いてみたいと思います。生前、父の労苦に思い至ることはありませんでした。逆に、お金に細かい人だなーと、思っていました。

815-2_sennryou_20251222

クワイの収穫

2025 12 18 (art25-0814)
クワイを収穫しました。
5株のうち、2株を掘り起こしました。今年のクワイは、数はあるのですが、小型でした。大きな塊茎に育っていませんでした。おそらく、葉数が多く、匍匐茎が次から次と発生しましたから、養分が分散して、塊茎を肥大させることができなかったのでしょう。 来年は、葉かきを強くし、場合によっては、株周りの匍匐茎を切って、塊茎の数を少なくしてみようと思います。

814-1_kuwai_20251218 814-2_kuwai_20251218 814-3_kuwai_20251218

掘り起こしたクワイ芋は、数日水に浸して、あくを抜きます。
今年も、正月用のクワイの準備ができました。

814-4_kuwai_20251218

本「夢をまことに」
-時間つぶしの読書-

2025 12 15 (art25-0813)
定年退職後、田舎に移住して、家庭菜園と木工を自由気ままに楽しんでいること、そうやって時間をつぶしていることを書きました (art25-0809) 。もう一つの時間つぶしは、読書です。

読みたい本を、読みたいときに、読むこと。これができるのは、定年退職して、しがらみがなくなってからだと思います。在職中の読書は、時間を無駄にしたくないとの考えから、もっぱら、仕事関連の本を読んでいました。研究に従事していましたから、研究分野の専門書と科学書、その周辺の書物です。役に立つ読書、情報の収集、知識の蓄積、それを運用、展開する力を養う読書です。

今は、時間つぶしの読書ですから、読中楽しければそれで十分です。どんなジャンルの本でもよいのですが、楽しく読める本は、そうそうありません。楽しく読めるかどうかは、読んでみなければ分かりませんから、とりあえず読んでみます。そして、楽しくなければ中止です。おもしろいことに、楽しく読める本の多くは、前に読んだことのある本です。いつかもう一度読もうと、本棚に並べておいた本です。再読になりますが、内容をほとんど、あるいはすっかり忘れていますから、新鮮な気持ちで読めます。

とは言え、今まであまり読んでいなかったジャンルのなかにも、楽しく読めた本があります。その一つが、山本兼一の「夢をまことに」(文藝春秋)です。

813-1_yumeomakotoni_20251213

近江の国友村の鉄砲鍛冶師、国友一貫斎の生涯を題材にした小説です。ジャンルは、歴史フィクションでしょうか。何にでも興味をもって、自ら作ろうとする。当時(江戸時代)、海外からいろいろなものが入ってきていたようですが、それらを目の当たりにして、驚き、自力で作ってみようと試みる。仕組みを手探りで解明し、長い長い年月試行錯誤を重ねて、完成させる。阿蘭陀風炮(火薬ではなく空気の力で飛ばす鉄砲)、テレスコッフ(グレゴリー式反射望遠鏡)。さらに、空を飛ぶ船と水にもぐる船を夢想し、あれこれ試作する。いやはや、好奇心旺盛で意欲的な人ですな。何でもやりたがったのに器用貧乏にならなくて幸いでした。模倣の極致です。日本人の得意技、昔から培われていたようです。

12月のトマト、濃厚で甘い

2025 12 11 (art25-0812)
畑に、トマト(品種:フルティカ)の株が一つ残っています。この株は、夏に栽培した3株のなかの一つです。秋の栽培を試そうと、上部の茎を切り取り、下部から新芽を出させて、大きくしたものです。
果実は沢山付いたのですが、いつまでも緑色のままで、なかなか赤くなりませんでした。それでも、10月の後半になると、ポツリポツリと赤く熟れてきましたから、収穫して食べました。

812-1_tomato_202510223

しかし、11月になると、日増しに、葉の緑色が薄くなり、一部枯れたような黄色がかり、体全体に勢いがなくなってきました。新しい脇芽が出なくなり、先端部の茎葉が展開せず、成長がとまっているように見えます。しかし、付いていた緑色の果実は白っぽくなり、白っぽい果実はすこしづづ赤みがかってきました。ゆっくりゆっくりとですが、熟れています。
12月の今日日、トマトは枯れ株のように見えます。それでも、収穫は続いています。果実が赤くなるのに、何日もかかります。

812-2_tomato_20251206 812-3_tomato_20251206

秋取れトマトは美味しいと聞いていましたが、確かに美味しいです。甘みと旨味が濃厚で、ちょっと、ざらざらした食感があります。水分がすくなく、酸味がありません。夏取れトマトとは大違いです。こちらは、みずみずしく、甘さと酸味がありました。夏の暑い時期には、さっぱりとしたトマトが、一方、寒くなっていく秋には、濃厚で甘いトマトが美味しく感じるのでしょう。夏は夏取れトマトを、秋は秋取れトマトを、でしょうか。

ところで、秋取れトマトはなぜ、濃厚な甘みをもつのでしょうか。
積算日照時間の差異で説明している人がいます。曰く、トマトの積算温度(800-1200℃。ここでは、着果後、赤く熟するまでの積算温度で、日平均温度x日数で算出)になるまでの日数は、夏より、気温の低い秋の方が多くなる。そのため、その間の積算日照時間も増える。日照時間が増えれば、光合成による養分の産生、蓄積が増大する、と。

本当でしょうか。気象庁の月別平均気温と日照時間の測定データを用いて計算してみます。湯梨浜町の測定データはありませんから、倉吉の測定データ(2025年)を用います。 着果から赤くなるまでの積算温度を1000℃とし、かかった日数を計算し、その間の積算日照時間を出します。

夏、8月1日に取れたトマトの場合
7月の31日+6月の4.5日=>35.5日。積算日照時間は 347時間。
秋、12月1日に取れたトマトの場合
11月の30日+10月の31日+9月の3日=>64日。積算日照時間は 282.3時間

812-4_tennki_data_kishouchou6

確かに、赤く熟れるまでの日数は多くなります(35.5日と64日、1.8倍)。しかし、この間の積算日照時間は増えていません。減少しています(347時間と282.3時間、0.8倍)。したがって、秋取れトマトの甘さを積算日照時間で説明することはできません。ただし、秋季に天気の良い日が続く地域であれば、積算日照時間が増えるかもしれませんが。

植物体を見ていると、夏と秋の生育の様相に大きな違いがあります。夏は、果実がぐんぐん大きくなり赤く熟れてきますが、同時に、茎葉もぐんぐん成長します。秋は、茎葉の成長はほとんどみられません。
光合成で産生された養分の使い道(配分)が、夏と秋では異なるのでしょう。秋になり気温が下がって茎葉の成長が抑制されると、茎葉への養分供給が必要なくなり、その分が果実へ供給されます。光合成による糖分の産生力は低下するでしょうが、ほとんどを果実へまわすことができるので、日数が経てば、多量の養分が果実に蓄積されていると思われます。

真偽はどうであれ、本当に美味しいトマトを、家内と味わっています。

812-5_tomato_20251206

ニューエメラルド(キウイフルーツ)の果実

2025 12 8 (art25-0811)
畑の片隅で、1本のキウイフルーツを育てています。品種はニューエメラルドです。この品種はおしべとめしべがともに機能する花(両性花)を咲かせるので、1本で自家受粉して結実すると言われています。

6月2日のブログに、開花と開花後の様子を書きました(art25-0757)。花が咲いて数日後、花びらが落ちて子房が見えてきたこと、10日たっても、子房は大きくならず、黄ばんできて落ち始めたこと、を。
自家受粉がうまくいかなくて着果せず、全滅だろうと思い、そのまま放っておきました。

ところが、多くは落ちてしまったのですが、幾つかの子房はいつまでも落ちませんでした。花柄/果柄がしっかりしてきて、子房が、少しずつ膨らみ、丸形から楕円形に変わってきました。キウイフルーツの幼果です。幼果はその後も、ゆっくりと肥大をつづけました。夏を過ぎると肥大が止まりましたが、そのままにしておいて収穫日を待ちました。

6月13日。
811-1_kiwifruit_20250613

6月30日。
811-2_kiwifruit_20250630

7月8日。
811-3_kiwifruit_20250708

先日収穫しました。果実は、長俵型で、大きいもので5cmほどでした。重さは30g前後でした。 ニューエメラルドの栽培レポートサイト(みんなの趣味の園芸)には、果実は、長楕円形で、大きさは8cm前後、重さは80-100g、とあります。これに較べると、今回の果実は、かなり小型です。
実った果実は、自家受粉で結実したものでしょうか。あるいは、単為結果で肥大したものでしょうか。種の有無が一つの判定基準になります。果実を切ってみたところ、多くの種が確認できました。どうやら、自家受粉で結実したようです。

811-4_kiwifruit_20251201 811-5_kiwifruit_20251201 811-6_kiwifruit_20251201

さて、我が家の畑で、初めて収穫できたキウイフルーツの味は、どうかと言えば、まぎれもなくキウイの味でした。ただ、小さいので、食べがいがありませんでした。なお、収穫時、硬かったので、リンゴといっしょに袋に入れて追熟させ、柔らかくしました。

1本の木で、結実することが分かりましたから、来年は、大きな、できれば7cmを超える、果実を実らせようと思います。

811-7_kiwifruit_20251208

温州ミカンの収穫(2)

2025 12 4 (art25-0810)
小さなミカン畑で、温州ミカンの木を3本育てています。品種は、由良早生(1本)と宮川早生(2本)です。先のブログで、由良早生の木が沢山の実をつけて、100個以上の果実が収穫できたことを書きました(art25-0806)。今回は、もう一つの温州ミカン、宮川早生の話です。

宮川早生の木の果実は、数が少なく、一つ一つが大玉になっています。果皮がごつごつしていて、一見、夏ミカンに見えます。これは、意図したことではありません。普通サイズの果実を数多く成らせようとしたのですが、今年も、巨大なミカンになってしまいました。
どうすればよいのか、今のところ分かりません。太い枝の先端に果実が付いていますから、養分が多量に供給されたのでしょう。細い枝に果実を付けるようにする必要がありそうです。

810-1_miyagawawase_20251201 810-2_miyagawawase_20251201

それはともかく、2本の木で、30個ほどの果実を収穫しました。見た目は温州ミカンらしくありませんが、食べてみると、温州ミカンです。甘みと酸味がのっています。好評を博した由良早生と違って、こちらは、ほんまものの田舎のミカンと言ったところでしょうか。

810-3_miyagawawase_20251201

できていたことが、できなくなる

2025 12 1 (art25-0809)
若い頃は、今日できなかったことが、明日はできるだろうと思えました。実際、できたのです。しかし、この歳になると、逆に、今日できたことが、いつか、早ければ明日にでも、できなくなるだろうと思えます。
さびしいことですが、これが、歳を取ると言うことなのでしょう。ただ、幸いなことに、心身の衰えに合わせているかのように、できることをやるだけですから、それに気づいて、へこむようなことはありません。

凡夫はここに移住してから、木工と家庭菜園を続けていますが、動作が緩慢になっているようで、作業がなかなか進みません。作業中の自分の姿を録画して見ると、かつて、年寄りの姿を見て、のろのろ歩いているなとか、さっさとできないものかと思ったように、今の自分に向けて、同じことを思うのでしょうか。

しかし、歳を取ってからの作業の多くは、暇つぶしのようなものです。時間が過ぎればよいのです。成果は二の次、あるいは、度外視です。ただ、同じ時間を過ごすのであれば、楽しい作業が望ましいと言えます。各人各様でしょうが、凡夫の場合は、木工と家庭菜園でしょうか。そして読書。読書は作業と言えるか分かりませんが、楽しく暇をつぶせます。

木工は、作りたい物を、作りたいように、作っています。作りたいものが無いときややりたくない日はお休みです。そして、何か作りたいものが浮かぶと休日返上です。どのように作るか、アレコレ思案し、作業に取り掛かります。作ってみて気に入らなければやり直します。試行錯誤。これが楽しいのです。いつまでに作らなければならないと言ったものではありませんから、ゆるりとマイペースでやれます。

家庭菜園もそうです。作りたい作物を作りたいように作っています。いろいろな作業がありますが、この数年は果樹の剪定にはまっています。この枝を落とせば、樹形はどうなるのか、逆に、樹形をこうするには、どの枝を落とせばよいのか、また、着果枝をどう整えるのか、アレコレ思案しては作業を楽しんでいます。なかなか思い通りにはいきませんが、そこが面白いのです。
家庭菜園は生き物相手ですから、ある程度作業の期限はあります。しかし、それはアバウトです。いつ頃までに、はあっても、何日までに、はありません。こちらの都合で作業ができます。

ところで、暇つぶしと言えば、空いている時間を、しかも、忙しい時間の間の空き時間を連想しますから、暇つぶしと言うより、時間つぶしと言ったほうが適切かもしれません。時間つぶしの木工であり、時間つぶしの家庭菜園です。

809-1_hiiragi_20251129


 【戻る】